さ魔よい50原画展・ファンのためのミニトーク 


2013年9月21日、ギャラリー・ゴーシュにてファンのためのミニトークが開催されました。前半は大橋学のトーク、後半はファンからの質問に答えるQ&Aコーナーです。

 

会場/ギャラリィ・ゴーシュ
司会進行/なみきたかしさん
写真提供/アニドウ・フィルム、なみきたかしさん、金子由郎さん

ファントーク

大橋 え~、今日は質問に答えるがメインなんですけど、なかなか聞かれないことを先に話しちゃおうかな?と思っています。彷徨いアニメーターの大橋学です。よろしくお願いします。(会場拍手)


火の鳥 未来編、老人のキャラクターへの想い


2003年頃の火の鳥 未来編(NHKハイビジョンアニメシリーズ)は普段の仕事とちょっと違って凄く思いを込めて原画を描いた作品です。

2001年にうちの奥さんが亡くなって約3年後、火の鳥未来編前・後編の後半の(原画)約半パートの老人を描いてるんですけど、なぜ普段の仕事とは違う思いを込めたか、というとまさにその時の心情にぴったりだったので、このキャラクターに感情移入してしまった、ということなんです。


死なない身体になってしまった老人。自分としてはノアの(箱舟の)老人のイメージなんですね。

世の中に誰も居なくなって一人になってしまった老人。コンピューターのタイマーで眠ってた女性が目覚めるというお墓の前で、今か今かと何百年間も待ちわびる老人。

その目覚めるべき女性はただのミイラであったの。

老人はもの凄くがっかりして、それならばもう一回人類が誕生するのを待つしかない、っていう壮大なストーリーでね。ストーリーは手塚治虫さんで凄いのは当たり前なんですけど、この情景とか天地創造みたいなイメージを全部担当出来たんですね。


原画は全て残ってないんですけど、これは昔の電話の(感熱紙)FAX用紙でコピーしたもので色が変わっちゃってるんですよ。かろうじてそこに飾ってあるのが壁の2枚です。(女性と火の鳥の原画)

本当はこの老人を飾って欲しかったんですけど感熱紙コピーなんで却下されました。だけどこれは(老人)は要するに自分そのものなんですよね。


カムイの剣でも老人をやりましたけど、この火の鳥の老人は自分の心情が入り過ぎてるくらいぴったりしてるんですよね。隕石とか火山の表現から全部自分の納得のいく作画でした。

絵コンテはシリウスの伝説の波多正美さん。それも良かったですね。ノリにノっててね。自分も乗って描けたって感じでね。

最後に一度亡くなった女性が幻として登場するんですけど、人類も数十億年後位にまた新しく産まれて、壮大な年月を経て二人で空に戻って行く、っていうようなイメージでね。死なない身体なんだけどイメージの中で見届けた、っていうような火の鳥のイメージで終わっていくの。これは動物もたくさん出てくるんで練習もかなりしましたね。


うちの奥さんが亡くなって最初の一年間はやっぱり精神的に駄目でしたね。周りから見ても自分が客観的に見ても駄目だったろうな、っていうのが一年くらい続いてね。

よく頑張れ!とか元気付ける話があるけど、だいたい三段階ぐらいあってね、最初は泣くか喋るかどっちかなんですよね。

俺の場合はよく喋ってたみたいで、多分現実を見ないような感じで一年過ごしてね。

それからもう少し冷静になってこれじゃいけないな、って思い始めるのが第二段階で、そのうちなんとかしなくちゃって自分で思い始めたのが第三段階なの。

どこで頑張れ、って言ったらいいか?っていうとね、もう第三段階だけですね。

一番目二番目は泣いてるか喋ってるかですから、とにかく一緒に泣くか、話を聞いてあげるか。

自分の体験ではそういう段階で頑張れ、って言っちゃ駄目ですね。

友人達が亡くなったりいろんな人が亡くなってるんだけど、自分の場合は3年はかかったかな。

そのちょうど3年後が火の鳥で、もう無我夢中に描いたっていう、そういう原画もありますよ、っていうことなんです。


トップ同士はお互いを認めない


ある人に話したらそれは面白いね、って言われたことを話しますね。

トップにいる人は別のトップにいる人を認めない、って話しです。

自分の体験から言うとね、トップはトップ同士、お互いを認めないですね。


古くからの友人の短詩の来空さんと漫画家の永島慎二さんと写真家の藤野さん等と共通の仲間だったんですけど、それぞれがトップだったんですよね。

永島慎二さんが中心になって丘の上少年団(永島さんの古い短編漫画の中に出てくる)っていう秘密結社を作ってね。多いにみんなで遊ぼう、困った時はお互いに助け合おう、っていう仲間だったのね。

数年は続いたんですけど、みんなお互いがぶつかるんですよ。自分はそれぞれとは付き合えるんですけど、トップ同士はぶつかるんですよね。


結局トップ同士は握手もせず結果は別れなくちゃいけなくなっちゃうんだよね。

来空さんはお元気なんですけど、来空さん以外の二人は残念なことにみんな亡くなってしまった。自分は何とかみんなを引き合わせようとしましたけど、結局それは無理でしたね。


大物に大物の人のことを褒めても快く思わないし、トップにいる人は自分の道を行ってる訳だから宿命的にしょうがないんですよ。

他人を認めてたら前に進めないし、あくまでも自分の表現を追求しているわけだから。

亡くなった監督、現在いる監督も含めて我が道を進んでいるということなんだと思います。


トークイベント 大橋学

よく亡くなってからあの人は凄い人だったですね、って褒め称えることはするよね。

以前出﨑さんに某有名監督作品のことを褒めたことがあるんだけど、出﨑さんは結果的にニヤって笑っただけだったことがあるのね。その時にあ、(トップの人に)他の人のこと褒めちゃいけないんだな~、って感じてました。


例えばそうだな。プロレスのタッグマッチに例えてね。こっち側に例えばミヤザックメンとタカハッターマン。こっち側にデサキンタイガー、スギウンシルバーと二組がリングに上がったとしてね、いやぁ、あなたの仕事は素晴らしいですね!ってお互いに褒め称えてね、じゃ、これからの検討を祈ります。さよなら~!って言ってリングを降りていくと。そうすると観客が何やってんだ~!って怒ってモノを投げるというのが終わり。


何ていうんだろうね・・・・自分はアニメーターとしてはトップでも何でもないんで、2番手にもなれなくて常に3番手くらいでウロウロしてる感じのアニメーターなんです。

本当はアニメのことを一生懸命考えてる人間じゃないんですけど、アニメの話になると一生懸命話そうかな、って癖みたいになっています。


ツイッターにもそう書いてるんだけど、いつ終わるか分からないから遺言のつもり話しています。

アニメーションの予算をケーキの分配に例えると・・・


アニメーションの予算についてケーキに例えるとね、大きなケーキを8つにカットしてお皿に分けるんですね。

一皿には2つのケーキがあって、そのうちの一皿が原画のケーキだとする。

40~50年前はその一皿のケーキを二人で分けて食べてたんですよ。半パート作画っていうね。

だいたいそれは、80年代のコブラくらいまで続いたんですよね。


自分が東映に入った頃から20年くらいはみんなバリバリ仕事してましたから。一人で全部やっちゃう人もいるし、そういう人は一皿のケーキを一人で全部食べることが出来たのね。

で、現状はどうか?っていうと、10人とか20人で一皿のケーキを分け合って仕事しているっていう状態にだんだんなってきたの。予算は変わらないのにちょっとずつみんなで一口ずつケーキを食べあってる、っていうのが今のアニメーションの現状です。

昔から比べてもそんなに予算は変わらないのに食べる量、人数だけが変わっていくのでどうしても安いってなっちゃいますよね。


体験を通していくと悲しいことにどんどん悪くなっていって、昔は良かった、って言うのはよくないんだけど昔は良かった、ってことになっちゃうんだよね。15歳で15万円もらってたこともあるからね。

アニメをケーキに例えましたけど、半パート作画が崩れていったのはTVのスペースアドベンチャーコブラ(1982年頃)から2人から3人に変わって、後半になったら4等分位になりましたね。

あれ以来半パートやって下さい、って仕事はなくなりましたのでね。半パートを1人でやってると毎月25日位で作業が終わって、月5日位は休めたんですよ。そして次の打ち合わせに入って25日間描いて、5日休んで。

ただ25日間はぶっ通しでやりましたよ。だから仕事が終わったら今日は朝までオールナイトで!なんてはめ外すことも出来ましたからね。


なみき 今の半パートの話というのはまさしく今僕らが直面してる問題でね、半パート原画を描く時代にはもう戻らないけれども、まさしくそうだったな、って思い出しましたよ。

うちのオープロダクションもケーキだったら全部うちのケーキとして、それを社内でどう分けるか、っていうのはあったけど少なくともケーキの味が分かったですよね。

今は細かくなりすぎちゃって、一体何のケーキを食べてるんだろう?みたいな話になっちゃってますよね。

若い人にしてみたらそんなこと言われたって、って思うかもしれないけど作品を作る上で凄く大事なことなんじゃないかという気がしましたね。

何でもかんでも昔がいい訳じゃないけど、昔のやり方はメリハリがあったし、さっき仰ったように1つやった後に5日間遊びがあってはめを外せるとか、そういうリズムって大切じゃないですか。創作する上で。常に細かい緊張をしてこの次はどうしようかと今の目の前の仕事をやる訳でしょ。


なみき氏

大橋 自分で構成出来るんですよ、半パートは。

なみき そうですよね。

大橋 どの辺に力を入れるかとかそんな感じで。

なみき 変な話、最初はゆったりとやってて最後は追い込み、でも自分のパートだから逃げられないから追い込んでやってね、でも達成感もありますよね。

大橋 木村さんと俺がね、二人でケーキを分け合ったっていう図を想像してみて下さい。

なみき うちでいうと小松原と友永が分け合っていたの。やっぱり凄くいいコンビネーションでした。

大橋 キャリアもそうないから、どっちも面白くしようとして面白くなりますよね。

なみき そうですよね。僕もね、30年前動画やってた時月収9万円だったんですよ。今にすると約3倍ですよね。

昔の9万円は凄く使い勝手がありましたからね。家賃払って飯食って映画が観られたから。今はそれ出来ないですからね。


憧れとはなんでしょう・・・?

ファントーク会場

いつも一つの仕事でゴールは目指してたんですけど、限界まで行ってがけから落っこちるのが5年単位なんですよね。そのつど誰かが引っ張ってくれてまた登る。それを10回繰り返してたら50年になっちゃったんですよ。


ゴールを目指して疲れた~の繰り返しでここまで来て、気が付くといつも上手な人が学ぼうと思わなくてもそばにいるんですよね。

上手な人がそばにいるっていうのは自分の中に火が付くみたいでね、振り返ればそれが大きかったかな。

50年引っ張ってこれたのはやろうと思って出来る事ではないですよね。(体験からして)一人の人を10年間思い続けるのは限界かな、と俺は思ってるのね。


もし俺が35歳ぐらいで死んだら憧れの人を追った結果死にました、でいいんだけど、50年にもなると何度もそういうのがあるんですよね。出会って何かを学んだら別れてもいいんじゃないか、って潔く思ってるんですよ。

それが大事な人の死だった場合、何を学んだらいいかがもの凄くハッキリするんですよね。

死はゴールではないんですけど、一生懸命プロセスを踏んだ結果、例えば憧れの人が死んでしまう。


ドラマとしてもプロセスとしても、人生は面白いかなぁ?って思っています。

出﨑さんも木村さんも好きだけど永久に好きって訳ではないのね。やっぱり自分の中で何かを噛み締めたらそれでいいんじゃないか?って思ってます。

ただ憧れは凄く引っ張ってくれるんだよね。憧れは自分を引っ張ってくれるからどんどん憧れていいんですよ。

でもそれも5年10年でもうやめてもいいんじゃないか、って思うね。

常に求めていれば黙っていても自分の中に答えが見つかるんじゃないだろうか。

今自分が憧れてる人がいるか?っていうと、いないかもしれない。今の問題は「自分」になっちゃってるんだよね。


学ぶってなに?・・・オリンジンって何?

ファントークイベント大橋学

大橋学の学ぶは分解すると真似る、っていう意味もあって、この名前が付いている限り死ぬまでオリジナルじゃないっていうジレンマが常にあるんですよ。

 

子供の頃から学ぶっていう名前はずっと辞めたいと思っていて、学ぶって付けられたおかげで何かそこから逃げようとしてる。

遊ぶって名前を付けてくれたらもっと一生懸命学んだかもしれない。いつもフル回転で学んできた訳じゃなくて脱落して、進んで、っていうそのパターンなんですよね。その結果誰かが引っ張ってくれるのね。

でも学ぶ、(真似る)っていうことは勉強になるんだよね。

中学時代、いろんな人の絵を真似して吸収して自分の中に入ってきたわけだから、もうそこまで行ったら違う道を行きたいな、これからは死ぬまでオリジナルに向かっていけたらいいなって思ってます。